『認めてもらう意義は何なのだろう』
何ヶ月も読み続け何度も読み返しているが、そろそろ飽きてしまったので感想でも書いて本棚に並べる事にする。
命や魂についての妄想は手塚治虫譲りであることに『2』読んで初めて気づいた。ツールとしての電脳に気を取られていると『マトリックス』になってしまうんだなぁとも思う。
ま、テーマが生命であれば扱いにくいのは確かで、ビジュアルで説得力を持たせようと思えば切り捨てるハリウッド手法も分からんではないが、ウォシャウスキー兄弟がテーマに注目したかどうかは知らない。
同人誌系の絵柄とどこまでもマニアな設定がメジャー化を妨げているんだろうが、なぜ人々はそんなにアホなんだろう。と言うかアホだと仕込まれたまま生きて行けるのだろう。
この作品が「マイナー界のメジャー」と言う存在なまま世は続いて行くのだろうな。
理解してもらう努力は本当に必要なのか? 認めてもらうことの意義は何なのだろう。中学生の時には次の段階として必要だとはっきり自覚していたことが、だんだん分からなくなっている。広告の意味が咀嚼できずじまいだったせいだろうか。